一商標一出願の原則
今回は商標登録出願のルールの一つである「一商標一出願の原則」についてお話します。?商標を出願する際に決めなければいけない事項には大きく二つあります。
その一つ目は、どのような商標にするかという事です。これは、登録する商標を文字にするのか図形にするのか、もしくは文字と図形を組み合わせるのか、文字にするなら、どんな言葉にするのか、といった事を決めるという事です。
そして、もう一つは、どの区分を指定するかという事も決めなくてはいけません。
これは、どの分野に対して登録するかという事を、自分が現在行っている事業と、今後行う可能性があるものを含め検討していきます。
さて、このように商標出願には登録する商標と、登録する区分をセットに出願するのですが、場合によっては、登録したい区分は同じだけど、登録したい商標は複数ある、という事態が発生する場合があります。このような場合どうするのか。このような場合に対し商標法は、「商標登録出願は、商標の使用をする一又は二以上の商品又は役務を指定して、商標ごとにしなければならない(6条)」と規定しています。
つまり、登録したい商標が複数あっても、商標ごとに一つ一つ出願して下さい、という事です。
例えば、新規に事業を始めるに当たり、会社名・サービス名・商品名を登録しようと考えた場合、会社名は会社名で一つの商標として出願、サービス名はサービス名の商標として一つの出願、商品名は商品名の商標として一つの出願、という様に別個に出願するという事です。
ただ、商標を出願する側としては、複数の商標を一つの出願で済ませられれば便利だし費用も抑えられそうなのに。とやや不満に思ってしまうところです。
ただ、商標法がこの一商標一出願の原則を採用するのには、わざわざ出願人に不便を強いたり、費用を多く徴収してやろうという悪意がある訳ではありません。
商標法が一商標一出願の原則を採用するにはいくつか理由がありますが、
手続きの上での繁雑さをなくす、というのが一番の理由でしょう。
登録までの審査を円滑にし、権利の範囲を明確にするという事が、安定した法の運用に資するという訳です。
一商標一出願の原則とは
商標出願手続きのルールとして、一商標一出願の原則というものがあります。これは、一つの手続き(一つの願書)で出願できるのは一つの商標だけということです。
たとえば、法人向けの商標管理サービスを提供していて、サービスの正式名称は「安心商標管理サービス」、この愛称として「安心TM」を使用していたとします。この商標出願にあたっては、「安心商標管理サービス」と「安心TM」をそれぞれ別の商標として出願することになるのです。
仮に「安心商標管理サービス・安心TM」を一つの商標として出願・登録すると、他社が「安心TM」という商標を使用したときに権利行使ができなくなるおそれがあります。なぜならば、あくまでも自社として商標権を有しているのは「安心商標管理サービス」という文言まで含めた上でのものだからです。
商標は、特許庁に出願・登録することによって商標権を行使できます。これは裏を返すと、基本的には特許庁に登録されたとおりの商標しか権利を行使できないということでもあるのです。登録された商標と違う=商標の同一性が認められないということになると、他社から不使用取消請求が行われるリスクも出てきます。
商標の同一性の判断はなかなか厳しく、登録商標の一部を省略して使用、カタカナ表記で登録したものをローマ字表記で使用といった程度のアレンジでも同一性が認められないとして商標登録を取り消された例もあります。
商標を出願・登録しようとするときは、その商標の使用方法にどのようなパターンがあるかを検討した上で、カタカナ表記、ローマ字表記、略称と想定されるものでそれぞれ手続きを進めていく方が良いのです。
それでも手続きを減らしたい、費用を抑えたいというときに思いつくのが、「商標・ショウヒョウ」といった複数の表記を一つにまとめた二段書き商標がありますが、これも商標権の保護・知財リスク面からはおすすめできません。
日本語はひらがな・カタカナ・漢字からローマ字表記と、表記の仕方によって言葉の印象が大きく変わっていきます。漢字表記の「商標」は単語どおりですが、これをカタカナ表記の「ショウヒョウ」だとどうでしょうか。同音異義語の「証票」と捉える人もいれば、海外の地名か造語と感じる人もいるかもしれません。
このように表記方法によって想起されるイメージや受け止め方が違いますので、「商標」と「ショウヒョウ」で分離使用したときには同一性が認められないという判断がされるリスクが高まります。仮に別の意味合いで「ショウヒョウ」という商標を登録したいと考える他社から不使用取消請求があった際には窮地に立たされるでしょう。
商標安易な動機のもとに商標を一つにまとめて出願・登録をすると思わぬしっぺ返しにあう可能性があるということです。
一出願多区分制とは
一商標一出願の原則とも関連してきますが、一昔前までは商標出願は商品やサービスの区分ごとに行っていました。これを一出願一区分制と言います。
一出願一区分制は出願しようとする商標をどの商品やサービスに使用していくかの結びつきが明確で分かりやすいというメリットがあります。一方で、同一の商標で多種多様な商品やサービスを展開していく際には、区分ごとに出願手続きをしなければいけないという煩雑さがあります。
日本では平成8年に商標法を改正し、一出願多区分制を導入しました。これは一つの手続きで複数の区分を同時に出願できるものです。先ほどの例で言うと、特許事務所での対面サービスとしての「安心商標管理サービス」の他に同一商標で商標管理用のソフトウェアを展開しようとする場合は、第45類専門サービスと第42類ソフトウェアの各区分での商標出願を一つの手続きで行うことができます。
一出願多区分制は欧米を中心に諸外国でも導入が進み、一種の国際標準のようにもなりつつありますが、逆に多区分制から一区分制に戻す制度改正をしている国もあります。海外での商標出願にあたっては、日本の一商標多区分制を当たり前のものと思わず、対象国の商標制度に精通した専門家に相談しながら進めていくことをおすすめします。
一出願多区分指定と複数出願のメリット・デメリット
日本では平成8年の商標法改正によって一出願多区分制が導入されましたが、必ず同制度による多区分指定をしなければならないというわけではなく、旧来どおりの区分ごとでの複数出願を行うことも可能です。現在も、それぞれのメリットとデメリットを比較検討した上で、多区分指定ではなく複数出願を選択する企業も一定数いるところです。
まず、多区分指定のメリットですが、それは出願手続きを一つにまとめることができ、結果としてコストも抑えられるという点です。
商標出願の際に指定する商品・役務の区分は、大分類だけでも「第1類 工業用、科学用又は農業洋の化学品」から「第45類 冠婚葬祭に係る役務その他の個人の需要に応じて提供する役務(他の類に属するものを除く。)、警備及び法律事務」と多岐にわたります。
繊維製品ひとつとっても、第22類のロープから始まり、23類の織物用糸、24類の織物、25類の被服と細分化されています。このため、総合繊維メーカーで自社のブランド名を一新したとすると、複数出願の場合はそれぞれの区分で出願し直さなければならず手間ばかりがかかります。
これを多区分指定にすると、一つの出願書で第22類から第25類まで指定することができますので、手続きを大幅に軽減することができます。また、指定した全ての区分を合わせて一つの出願・登録、当然商標登録の期限到来日も同じ日となりますので、更新漏れを防ぐことにもつながります。
逆に多区分指定のデメリットとしてあげられるのは、審査期間の長期化と登録拒絶リスクです。出願を受け付けた特許庁側では、指定された区分ごとに類似商標の有無などを確認していくわけですので、当然に審査期間も長くなっていきます。また、一部の区分で拒絶につながる理由が出てきた場合、問題がない区分にまで波及してしまう可能性もあります。
先ほどの「安心商標管理サービス」を例としてみます。第42類と第45類を指定して出願してみたところ、第42類では問題がなかったものの、第45類で「アンシン商標管理サービス」という商標があることが分かりました。この場合、既に類似された商標があるとして変更補正をすることが考えられますが、仮に変更補正の内容が認められなかった場合は登録拒絶となります。すると、問題がなかったはずの第42類指定の出願も一緒に拒絶されたという扱いになってしまうのです。
変更補正の手法として指定区分そのものを削除するというものもありますが、この場合は、削除した区分での出願については別途手続きを進めることになりますので、結局、複数出願をするのと同じことです。むしろ、変更補正の手続きをする分、余計な時間がかかったことになります。
一見すると便利でメリットばかりに感じられる一出願多区分指定ですが、複数出願とした方がトータルコストを抑えられることもあるのです。多区分指定と複数出願のどちらの方がコストを抑えられるかは各区分の商標出願・登録状況や拒絶事例等を入念に調査しないと判断が難しいところです。個別判断・ケースバイケースの面が強いですので、素人判断をせずに特許事務所に相談することをおすすめします。