大阪府が商標出願した「大阪地下鉄」「大阪メトロ」への波紋
地域社会の「ゆるキャラ」効果
「登録商標」は、民間企業がビジネスとして自社の利益目的として出願し、登録することでその権利を独占化するものというのが一般的な概念です。
したがって、地方自治体などの行政機関にとっては商標出願は本来縁のないものでした。しかしながら、この十年来、地域経済の活性化を目的とした地域ブランドやマスコット・キャラクター(いわゆる「ゆるキャラ」など)を地方自治体が商標として出願し登録して権利化するという傾向が顕著になってきています。
近年では船橋市の「ふなっしー」や熊本県の「くまモン」などが地域を超えて全国に波及し一連の「ゆるキャラブーム」が巻き起こりました。これらの「ゆるキャラ」は、可愛らしい地域のマスコットとして各地の商品やサービスに付与されることで大きな経済効果をもたらしました。
これが普通の企業であれば商標の権利者が各業者とライセンス契約を締結して利益を得るという手順になるわけですが、地方自治体は営利団体でなくあくまでも公共事業体だけに「地場企業であればキャラクターは無償で使用OK」という規定が一般的となっています。
これにより、地場企業は無償で使えるゆるキャラ効果で商品の売上を伸ばし、自治体は大きな経済効果を得るという構図が完成したというわけです。
「東京メトロ」をめぐる商標の係争問題
さて、以上のような地方自治体の「ゆるキャラ」とは異なり、近年の規制緩和政策によって生じている公共事業体の分割・民営化の流れと商標登録の関連性を考察してみましょう。
1987年に旧日本国有鉄道(国鉄)が6箇所の日本旅客鉄道株式会社(JR)と日本鉄道貨物株式会社など6社の法人に分割・民営化(のちに2法人は解散)されたのを皮切りに、日本電電がNTTに、専売公社がJTに、そして郵政事業も民間企業体として分割されたのは記憶に新しいところです。
一連の民営化の流れは、東京都の地下鉄事業にもおよび、公共事業体としての営団地下鉄から、2004年に東京地下鉄株式会社として民営化にいたりました。その際に、新会社は都民に親しみやすい愛称として「東京メトロ」と命名したのです。
「メトロ」とは「地下鉄」を意味するフランス語ですが、同時に「大都市」という意味の「メトロポリス」の省略形単語でもあることから、近代的国際都市・東京の地下を走る交通網にうってつけの名称として選ばれました。
当然ながら東京地下鉄はこの「東京メトロ」を商標出願したのですが、すでに同じ商標を登録していた個人の男性が存在していたことで、両者間の知財裁判に発展しました。
一度は東京地下鉄側の主張が認められたのですが、結果的に知財高裁によって男性側の逆転勝訴となり、結局東京地下鉄はこの男性に権利譲渡金を支払って「東京メトロ」の商標をい買い取ったのです。
民営後の大阪地下鉄は「大阪メトロ」?
そして、2018年4月に予定されている大阪市営地下鉄の民営化に伴い、大阪市も新会社名「大阪市高速電気軌道」と共に「大阪メトロ」と「大阪地下鉄」の合計の3つの名称を2017年5月に商標出願しています。
大阪市は、新しく誕生する民営会社の地下鉄の愛称は今後公募により決定するとしていますが、今回の出願により、一般市民が覚えやすい「大阪メトロ」となる可能性が高まったと思われます。
「東京メトロ」の場合は、先願者が「とうきょうメトロ」というタイトルのフリーペーパーを発行していた実績があり、東京地下鉄側の商標権が認められなかったという経緯がありました。
大阪市としては、この前例を参考にして、早めに新名称を押さえておきたいという意図があったのでしよう。
地方自治体のよる「ゆるキャラ」の流行や、公共事業体の民営化の流れと現在の趨勢をみるにつけ、これまでは無縁と思われていた公共団体と登録商標が極めて身近に感じられるようになってきています。
また、従来は実際に知財関連に関わる業務に従事している国家公務員のみの世界だった商標法が、一般の地方公務員にもその知識が要求される時代になったともいえるかもしれません。