中国での「TRUMP」商標登録にみる問題点
経済発展と知財への国家的認識
一党独裁の共産主義体制ながら、市場経済を導入してすでに四半世紀が経過しようとしています。この約20年間で中国経済は驚異的な発展を遂げ、GDP(国内総生産)では2009年に日本を抜き去り、以降近年の成長率は幾分鈍っているものの、依然として米国に次ぐ世界第2位の地位を占めています。
当初は「壮大な国家的実験」とも称され失敗が危ぶまれていた「社会主義市場経済」が、さまざまな問題点を孕みながらも、少なくとも経済的には成功していると評価してよいでしょう。問題は、今後成長曲線がマイナスに転じた場合、それまで発展の陰に隠れていた部分が一気に噴出するという懸念も否定できません。日本も戦後の混乱期を経て一気に経済成長を遂げた過去があり、そのひずみとして公害問題などが発生しました。
そして、いくら経済が急成長しても国民の生活様式と社会常識がそれに比例するとは限らないという現実を経験しています。その一つに知的財産権(知財)の知識があります。すなわち、特許や商標などの工業所有権ならびに著作権に対する知識と、それらに抵触する行為が反社会的犯罪であることの認識です。日本では1980年代頃からようやく知財への正当な認識が一般に浸透するようになり、現在ではこれに違反した個人や企業を断罪する社会的風土が醸成されてきています。
中国が認めた商標「TRUMP」
一方、現在の中国における知財の社会的現況は、その経済力とは反比例するような低レベルな状態が続いており、国際的な非難の的となっています。世界的ブランドや特許製品から音楽・漫画・アニメなどのエンターテインメント分野に至るまで、模倣・剽窃・海賊版が国中にあふれかえっている状態で、いくら行政が取締を強化しても一向に改善されないというのが現実のようです。中国が、真に経済大国を自称するのなら、経済力だけでなく知財を適正に保護するという国家的コンセンサスを国民に浸透させる必要があるでしょう。
さて、このような中国の知財状況を象徴するようなビッグニュースが2017年初頭に飛び込んできました。2017年1月に第45代の米国大統領に就任したドナルド・トランプ氏の商標「TRUMP」を、登録商標として認可すると中国政府が発表したのです。
ホテル業など国際的なビジネスを展開するトランプ氏は自身のファミリー企業「トランプ・オーガニゼーション」のブランドである「TRUMP」を2006年に中国で商標出願していましたが、同名商標をすでに別人が出願済という理由で拒絶されていたものが、彼の大統領就任のタイミングで一転して許諾するというのです。
そして今回のニュースはそれだけにとどまらず、トランプの関連企業が申請していた27件もの他の商標も同時に仮承認されたというのです。一応、他者からの3ヶ月間の異議申し立てがなければ正式承認そして登録となる見込みです。
トランプが政治的カードに?
この、あからさまともとれる急展開には、各国の政財界からさまざまな憶測がささやかれているようです。曰く「中国政府による米国新大統領の懐柔策の一環では?」「今後の米中交渉を優位に運ぶために打った中国政府の切り札(トランプ)では?」というものが大半です。すなわち、一党独裁の政治体制ならではの知財に関する政治的関与の実例といってよく、知財の本質を認識している先進諸国では考えられない顛末ともいえます。
10年も前から中国進出後の自社企業の展開を計画し自社ブランド商標を登録しようとしたトランプ現米国大統領。そして歯に衣着せぬ言動で話題を集めるトランプ氏を、米国に次ぐ経済大国の国家主席である習近平氏がどう迎え撃つのか。トランプブランドを中国全土に広めたいというビジネスマンとしての顔を持つトランプ大統領が、果たして今回の商標の件が原因で中国に譲歩することがあるのかないのか、これまでの常識が通用しないといわれる人物だけに、今後のなりゆきが注目されます。